契約書翻訳の規定の解釈 ―「shall」を中心に―(第4回)
8つの規定の検討
契約書を翻訳する場合に、翻訳対象の日本語の契約書の規定が、ADAMS & CRAMER(27)が契約書作成のために分類した上記の①から⑧のどの規定にあたるかを探求し解釈する(「契約書翻訳の解釈」)。そのためには、①から⑧のそれぞれの規定の内容がどのような性質を有しているかを十分に理解していること、それぞれの規定のために使用する「性質決定語(operative word or operative phrase)」が確定されていること、この2つが前提となる。以下、それぞれの規定の「内容の性質」と「性質決定語」を検討する。
①「義務・権利」規定
「義務・権利」規定を検討する。
(6-1)の規定について、考えてみる。
この規定を見てみると、甲は、業務委託料を支払う義務を負う契約当事者(諾約者(promisor)・債務者(obligor))である。一方、乙は、業務委託料を受け取る権利を有する契約当事者(受約者(promisee)・債権者(obligee))となる。
(6-1)の規定は、「業務委託料」について義務を負う契約当事者である「甲」の側から、「甲」を文の主語にして、規定している。これが「義務」規定である。
(6-1) | 甲は、乙に対し、乙が甲から買い取った商品の購入代金と、各取引先に販売した売却代金との差額を業務委託料として支払う。 |
(6-2) | X shall pay to Y, as a service fee, the difference between the purchase price for the goods bought by Y from X and the sale proceeds from sales to customer. |
業務委託料について権利を有する「乙」の側から規定することもできる。乙の側から規定すると(7-1)となるだろう。(7-1)は、業務委託料について権利を有する「乙」の側から、「乙」を主語にして、規定しているので「権利」規定となる。
(7-1) | 乙は、乙が甲から買い取った商品の購入代金と、各取引先に販売した売却代金との差額を業務委託料として、甲から受け取ることができる。 |
(7-2) | Y is entitled to receive from X, as a service fee, the difference between the purchase price for the goods bought by Y from X and the sale proceeds from sales to customer. |
義務と権利はコインの表裏である。義務に対応する権利が発生し、権利に対応する義務が発生する。契約書においても、(6-1)のように甲の義務の側から定める「義務」規定は、乙が支払いを受ける権利を有することを暗示することになる。(7-1)のように乙の権利の側から規定する「権利」規定は、甲が支払いをする義務があることを暗示することになる。義務の側から規定しても、権利の側から規定しても、結果は同じである。しかし、契約書においては、直截に、甲の支払いの履行の約束と、その履行の約束をした義務者である甲の支払い義務の履行を強調するために、「義務」規定として定める場合が多い(28)。
この場合、日本語の文が「支払う」となっていても、「支払うものとする」となっていても、「支払わなければならない」となっていても、この規定を解釈して、その規定の内容が「義務」規定の性質を有すると決定されれば、翻訳された英文は、同一の英文となる。
その規定が「義務・権利」規定であると判断する基準はなにか。それが重要となる。対象翻訳の規定が、次の2つの基準を満たしている場合に、「義務・権利」規定と判断することができよう。(A:「法律上の権利義務の発生」)と(B:「法的救済の発生」)の要件を満たしている内容の規定が「義務・権利」規定となる。
つまり、(A:「法律上の権利義務の発生」)とは、その規定によって、契約当事者が作為または不作為の債務(義務)が発生し、その結果として他方当事者がそれに対応する権利が発生することを定めていると解釈できる規定をいう。
(B:「法的救済の発生」)とは、その規定によって、債務(義務)を負っている当事者が、その規定の内容の作為または不作為の債務(義務)を履行しない場合に、損害賠償請求権のような法律上の救済手段が他方当事者に発生することになると解釈できる規定をいう。
ある規定が、(A)と(B)の2つの要件を満たしているときは、その規定を
「義務・権利」と解釈して、翻訳することになる。
次に「義務・権利」規定の「性質決定語」は何か、を検討する。
最初に「義務」規定の「性質決定語」から検討する。
「性質決定語」を確定する場合に重要なことは、それぞれの規定にそれぞれ固有の語を確定することである。たとえば「義務」規定と「手続き」規定に同じ「性質決定語」を使用すると、「性質決定語」によって「義務」規定か「手続き」規定かを明らかにしようとした「性質決定語」の使用の目的を阻害することになり、「性質決定語」を確定する意味がなくなってしまう。それぞれの規定の「性質決定語」は、それぞれ異なるものでなければならない。したがって、それぞれの規定の「性質決定語」を確定するときは、他の規定の「性質決定語」を考慮しながら決定しなければならない(29)。しかも、その確定に当たっては、文法上の意味から最適であるかとか、日常用語として使用される場合に最適であるか、とかではなく、契約書において、どの語が最適であるかを考える(30)。
ADAMS & CRAMERは、「義務」規定を表わすことが可能な「性質決定語」として、「shall」・「will」・「must」・「agree to」・「is obligated to」を挙げ、「shall」が「義務」規定の「性質決定語」として最適であるとする。
「will」は、日常の用法として、義務を表わす法動詞(modal verb)であり、義務を表わす語として使用することができるであろうが、契約書においては、将来起こる可能性のある出来事を表わす(③「手続き」規定)に留保したいという。たとえば(8-1)と(9-1)とを比較してみよう。
(8-1) | 本従業員は、営業部役員として本会社に勤務する。 |
(8-2) | Employee (shall/ |
(9-1) | 本従業員が本契約に違反するときは、本会社は、終了日後に生じた交通費その他の経費を支払わない。 |
(9-2) | If Employee breaches this Agreement, Company ( |
(8-1)の規定は、従業員を主語にして、従業員の側から、会社に対して営業部役員として勤務する義務を負うと定めていると解釈できる。従業員がその義務に違反するとき、会社は、その従業員に対して、場合に応じてさまざまな法的救済を求める権利を有することになる。その反面として、会社が従業員に対して負う義務に違反するときは、従業員は会社に対して法的救済を求める権利を有することが暗示されている。したがって、この規定は、「義務・権利」規定の性質を確定する2つの要件である(A)「法律上の権利義務の発生」と(B)「法的救済の発生」の要件を満たしている。この規定は、契約当事者である従業員を主語にして、従業員の側から、その履行債務(義務)を定めているので、「義務・権利」規定のうち「義務」規定となるだろう。
一方(9-1)の規定については、主節の規定が問題となる。この場合、契約終了後の交通費その他諸経費を会社は支払わないと定めている会社の方からの一方的な規定であり、会社がそれに反したからといって、従業員の方からの損害賠償等の法的救済が発生することを暗示しているような規定ではない。この規定は、後に検討する③「手続き」規定であり、法的救済の発生を定めるものではない。このような「手続き」規定に、「will」を留保しておきたい、とADAMS & CRAMERはいう(31)(32)。
「agree to」は、義務を表現するには論理的な選択のように感じられるけれども、法律上の義務を表現するには不正確性が残る。しかも、「agree」という語は、契約書で義務以外にもいろいろな場面で使用される。「同意(合意)する」という意味を表わす文言で、契約書中で多く使用される。したがって、「義務」規定のみに使用される「性質決定語」としては問題がある。義務特有の「性質決定語」としては不向きである(33)。
「is obligated to」も、「義務」規定を表わす「性質決定語」としては、簡潔性において「shall」に劣る。「shall」に取って代わるような語ではないとする(34)。
ADAMS & CRAMERは、「shall」が「義務」規定の「性質決定語」として最適であるとする(35)(36)(37)。「must」については、【shall】と【must】のところで取り上げることにしているが、「must」にはその語自体に強い響きがある点で契約書の「義務」規定に使用するには問題がある。法動詞「shall」の後に、契約上の義務を負う当事者の行為を表わす原形動詞を置くことによって、契約当事者が行うべき行為を明確に表わすことができる。「義務」規定の「性質決定語」には、「shall」が最適であろう。
次に、「権利」規定の「性質決定語」は何か、を検討する。上で(6-1)と(7-1)を比較しながら、契約書では、通常、当事者の履行の義務とその義務を引き受けている当事者(諾約者・債務者)を強調するために、「義務」規定として定める、と述べたが、権利の側から、権利を有する当事者(受約者・債権者)を主語として定められている場合がある。
そのような場合の典型的な状況を2つ挙げてみる。
1つは、契約書の他の条項で、他方当事者の行為を禁止する規定を置き、その条項を考慮しながら、当事者の権利を定める「権利」規定を置く場合である。(8-1)がこれである。
他に1つは、(9-1)のように、一方の契約当事者の側に契約の内容について権利がないことが明示される場合である。(9-1)のような「権利」規定がないときに、契約書の準拠法によって損害賠償請求権が発生の可能性がある場合である。そのような場合に、準拠法の適用がないことを明示するために必要となる。
(8-1) | 甲は、乙が第XX条に違反するときは、差止命令による救済を求めることができる。 |
(8-2) | X is entitled to seek injunctive relief if Y breaches the provisions of Article XX. |
(9-1) | 供給業者は、販売業者が第XX条に記載する最低購入量を購入しないとき、損害賠償の権利を有しないものとする。 |
(9-2) | Supplier is not entitled to any damages if Distributor fails to purchase the minimum purchase quantities stated under Article XX. |
「権利」規定の「性質決定語」は、「be entitled to」を使用する(38)(39)。「may」を権利の規定に使用すると主張するものもある(40)が、②「裁量権」規定のところで詳しく述べる予定であるが、「権利」規定と「裁量権」規定とはその性質が異なる。両者を明確に区別することが「契約書翻訳の解釈」の目的である。「権利」規定の「性質決定語」には「be entitled to」とすべきであろう。
「be entitled to」の前に「shall」を置いて、「shall be entitled to」と翻訳している文を見かけることがあるが、「shall」は「義務」規定の「性質決定語」である。「shall」の語自体に「義務を負う」の意味がある。ADAMSの「have a duty test」(下記参照)によれば、「権利を有する義務を負う」となって、論理上、意味論上も矛盾する。(9-1)の「ものとする」という日本語の表現に引きずられたのかもしれない。「権利」規定と解釈した規定には、「shall」は用いない。
「義務・権利」規定は、能動態で表現する。その大きな理由は2つある。1つは法律上の理由、他に1つは論理上・意味論上の理由による。
法律上の理由とは、契約上の権利義務の当事者は、その契約書に署名した契約両当事者のみとなる(41)(42)という理由による。契約当事者以外の者は、契約上の「義務・権利」規定の主体(主語)となりえない。「契約当事者は・・・義務を負う」、「契約当事者は、・・・の権利を有する」の文となる。したがって、契約当事者を主語にして、能動態で書かなければならないことになる。
たとえば(10-1)のような契約書の規定を英語に翻訳する場合、この契約書が「販売代理店契約書」で、契約当事者が「供給業者」と「販売店」である場合、「小売業者」はその契約に署名した契約当事者ではない。「小売業者」が主語となるような規定は、「義務」規定にはなりえない。「小売業者」に義務を負わせようとするのが契約当事者の意思であると解釈することができる場合には、(11-1)のように理解して、英文に訳すほかない。翻訳を業とする側では、クライアントに確かめるしかない。
(10-1) | 本製品の小売業者は、本件秘密情報を第三者に開示または漏えいしてはならない。 |
(10-2) | The retailers of the Product will not disclose or divulge Confidential Information to any third party. |
(11-1) | 本販売店は、自己の小売業者が本件秘密情報を第三者に開示または漏えいしないようにしなければならない。 |
(11-2) | Distributor shall ensure that its retailers do not disclose or divulge Confidential Information to any third party. |
他に1つは、「shall」それ自体に「義務を負う」という意味があるという理由による。たとえば(10-1)を(12-1)のような日本語に替えてみよう。こんな日本語があるかどうか分からないけれど、ここでの説明の都合上、替えてみる。これを「義務」規定だと誤って解釈して、「義務」規定の「性質決定語」の「shall」を使用したとしよう。その英語への翻訳は、(12-2)のようになってしまう。「義務」規定かどうかを判断する1つの方法として、「shall」を「have a duty to」に置き替えて意味がとおるかどうかを判断する(43)。ADAMSはこれを「have a duty test」と呼んでいる(44)。ADAMSの勧めに従って、(12-1)に「義務を負う」を補ってみよう。「秘密情報は、・・・されない義務を負う」となってしまう。「秘密情報が義務を負う」ことはありえない。無生物が「義務」規定の主語となることは、論理上、意味論上、ありえない。
以上のことは「権利」規定にもあてはまる。上に述べたことは、③「手続き」規定のところで、再度、取り上げる予定にしている。
(12-1) | 本件秘密情報は、本製品の小売業者によって第三者に開示または漏えいされてはならない。 |
(12-2) | Confidential Information shall not be disclosed or divulged by the retailers of the Product to any third party. |
「契約書翻訳の解釈」において、対象日本語原文が「義務」規定と性質決定されたときは、契約当事者を主語に、能動態で英文に翻訳する。「性質決定語」に「shall」を使用する。「shall」を「義務」規定のみに使用する。その場合、英文翻訳文の文体は、(13)のようになる。
(13) | 「S(主語=契約当事者)+shall +V(主動詞)」 |
「契約書翻訳の解釈」において、対象日本語原文が「権利」規定と性質決定されたときは、契約当事者を主語に、能動態で英文に翻訳する。「性質決定語」に「be entitled to」を使用する。その場合、英文翻訳文の文体は、(14)のようになる。
(14) | 「S(主語=契約当事者)+be entitled to +V(主動詞)」 |
引用文献
(27) ^ Cynthia M. Adams & Peter K. Cramer, A Practical Guide to Drafting Contracts (Second Edition), Wolters Kluwer, 2020, pp. 75ff(以下「ADAMS & CRAMER」)
(28) ^ ADAMS & CRAMER, p. 82
(29) ^ ADAMS & CRAMER, p. 78
(30) ^ LENNE EIDSON ESPENSCHIED, CONTRACT DRAFTING Powerful Prose in Transactional Practice Third Edition, American Bar Association, 2019, p. 65(以下「ESPENSCHIED」)
(31) ^ ADAMS & CRAMER, pp. 78 – 79
(32) ^ ESPENSCHIED, p.66-67
(33) ^ ADAMS & CRAMER, p. 80
(34) ^ ADAMS & CRAMER, p. 80
(35) ^ ADAMS & CRAMER, pp. 79 – 80
(36) ^ ESPENSCHIED, p.68, p. 99
(37) ^ Kenneth A. Adams, A Manual of Style for Contract Drafting, FOURTH EDITION, American Bar Association, 2017, [3.72](以下「ADAMS」)
(38) ^ ADAMS & CRAMER, p. 82
(39) ^ ESPENSCHIED, 99-100
(40) ^ GEORGE W. KUNEY, THE ELEMENTS OF CONTRACT DRAFTING WITH QUESTIONS AND CLAUSES FOR CONSIDEATION, Fourth Edition, West Academic Publishing, p. 42
(41) ^ ADAMS & CRAMER, p. 81
(42) ^ ESPENSCHIED, p.99
(43) ^ ESPENSCHIED, p. 66
(44) ^ ADAMS, [3.74]