契約書翻訳の規定の解釈 ―「shall」を中心に―(第1回)
契約書翻訳の検討
日本語で書かれた国際契約書(「国際和文契約書」)を英語で書かれた国際契約書(「国際英文契約書」)に翻訳するにあたって、留意すべき点は多い。ここでは、そのうち、重要と思われる契約書翻訳の方法の一つを検討する。
国際和文契約書から国際英文契約書の翻訳といっても、ここで検討しようとしているものは、異なる国家(法域)に所在する2企業間で交渉され、作成され、締結された契約書の翻訳である。約款とか利用規約のようなものは、それが国際的なもの、クロスボーダーなものであっても、一方の当事者のみがその裁量で作成しているため、別の考慮を要する。契約書翻訳に際して使用される用語も、したがって文体も異なってくる。ここで検討しようとしている契約書の規定の性質の解釈(「契約書翻訳の解釈」)は、約款とか利用規約などには当てはまらない場合がでてくる。ここでは、異なる国家(法域)に所在する2企業間の交渉の結果として作成された契約書に限定し、その「契約書翻訳の解釈」について考える。
もう一つ検討の中心になるのは、契約書における「shall」の使用である。契約書で「shall」は「義務を表わす」用語であるとの契約書関係専門家の間での大方の一致がある。しかし、日本で市販されている契約書に関する書物をみると、契約書の規定にはすべて「shall」を付けると考えているのではないかと疑いたくなるものがある。あるいは、契約書の強調したい文言(contract language)が含まれている文には「shall」を使うという方針で使用されているものもある。「するものとする」とあれば機械的に「shall」を付けて翻訳しているものもある。これは日本だけのことではない。契約書関係専門家の言葉を借りれば、「a horrific muddle(実にひどい混乱状態)」(GARNER)(1)であり、「inconsistently(無定見に)、chronically misused(慢性的に誤用されている)」(ESPENSCHIED)(2)という。「shall」の使用の混乱が、契約書全体の規定を曖昧にさせ、後で取り上げるように、アメリカの裁判所で問題となっている。その場合、契約書で使用される他の法助動詞(modal auxiliary)の「must」「may」「will」との関係を考えなければならない。それぞれの箇所で検討する。
8つの規定の分類
ここで翻訳の対象として想定する「国際和文契約書」(以下、特に記載しない限り「契約書」という。)は、契約当事者間の義務と権利を定めることを主たる目的としているものであるが、それのみにとどまらない。今、「義務と権利」といい、義務を権利の前に置いたのは、契約書が契約当事者の義務を中心に定められているからである。言い替えると、契約書は、契約当事者の義務を中心に、当事者間のさまざまな規定を置いている。
ADAMS & CRAMER(3)は、契約書の規定を、8つの規定に分類している。ADAMS & CRAMERの契約書の規定の分類の目的は、契約書の作成(drafting)にある。ここでは、この分類を借りて、契約書翻訳に利用しようとする。なお、ここにいう「規定」は、「条項」とは異なる。契約書にはさまざまな条項がある。たとえば「完全合意」とか「準拠法」のような見出しが付いている条項がある。ここでいう「規定」は、そのような条項ではなく、そこに書かれている「規定」、すなわち「文」をいっている。この8つの規定を契約書翻訳にあたって利用して、国際和文契約書に書かれている文を、契約締結当事者の意思どおりに、国際英文契約書に翻訳するために利用しようとするのが、ここでの狙いである。
ADAMS & CRAMERは、契約書の規定を、その性質から、次の8つの規定に分類している。
① | Obligations and corresponding rights (以下、①「義務・権利」規定という) |
② | Discretionary powers (以下、②「裁量権」規定という) |
③ | Procedural statements (以下、③「手続き」規定という) |
④ | Conditions (以下、④「条件」規定という) |
⑤ | Declarations (以下、⑤「事実の宣言(表明・確認)」規定という) |
⑥ | Express warranties (以下、⑥「明示保証」規定という) |
⑦ | Performatives (以下、⑦「遂行文」規定という) |
⑧ | Exceptions (以下、⑧「除外」規定という) |
「契約書翻訳の解釈」とは
これまで、「契約書翻訳の解釈」という耳慣れない言葉を使ってきた。その意味するところを述べておかなければならない。上記の規定の分類との関係で述べれば、次のようにいうことができる。
契約書を翻訳する場合に、対象翻訳の日本語の文(規定)が、上の規定の①から⑧の規定のうち、どの規定に該当するかを決定する。つまり、契約両当事者が作成し、締結した規定が上記のどの規定を意図して作成されたかを検討し、契約当事者の意思を探求する。そして、上記の①から⑧のどの規定かを決定した後、①から⑧の「性質決定語(operative word or operative phrase)」を使用して翻訳する。翻訳にあたっては、この「性質決定語」を契約書全体にわたって一貫して使用する。そうすることで、翻訳された契約書が契約当事者の意図どおりに伝わるようにする。この契約書翻訳の作業のことを、ここで、「契約書翻訳の解釈」といっている。この「契約書翻訳の解釈」の目的は、仮に裁判所で規定の解釈が争われるようなことになる場合でも、両当事者が意図した意味と異なる意味に解釈されないようにすることにある。
したがって、「契約書翻訳の解釈」においては、上の規定の①から⑧のそれぞれの規定の性質を正確に理解しておくことが前提となる。同時に、上記の規定の①から⑧の規定のそれぞれの「性質決定語」を確定しておかなければならない。「性質決定語」とは、たとえば、「義務」規定の「性質決定語」は、「shall」というように、その規定の性質を表わす法動詞(modal auxiliary)または現在形動詞が使用されることになる。この法動詞または現在形動詞は、規定の文(肯定文)の「主語」の直後に置かれることになる。
引用文献
(1) ^ BRYAN A. GARNER, GARNER’S DICTIONARY OF LEGAL USAGE, Third Edition, Oxford, 2011, p. 952(以下「GARNER」)
(2) ^ LENNE EIDSON ESPENSCHIED, CONTRACT DRAFTING Powerful Prose in Transactional Practice Third Edition, American Bar Association, 2019, p.65, p.66 (以下「ESPENSCHIED」)
(3) ^ Cynthia M. Adams & Peter K. Cramer, A Practical Guide to Drafting Contracts (Second Edition), Wolters Kluwer, 2020, pp. 75ff(以下「ADAMS & CRAMER」)