契約書翻訳の規定の解釈 ―「shall」を中心に―(第3回)

「遂行文」規定(約因理論と民法522条2項)

 「契約書翻訳の解釈」の検討は、最初に述べたように、2企業間で締結された契約書に限定しているのであるが、ADAMS & CRAMERが分類した上記の⑦「遂行文」規定は、他の7つの規定とは異なり、ここで検討の対象としている契約書のすべてに現れる規定ではない。「遂行文」規定は、契約両当事者が、その契約を締結するインセンティブ(incentive)が定められている基本契約書(Master Agreement)に現れる。その意味で、他の7つの規定とは根本的に異なる性質を有している。したがって、8つの規定の検討に入る前に、この規定の性質に触れておかなければならない。

 契約の成立は、両当事者の合意(意思の合致)であるとされる。しかし、2企業間の契約の成立は、たとえば民法が定める「申込み」と「承諾」の単なる意思表示の合致という形態で発生しないのが通常であろう。

 たとえば日本の販売代理店A企業が、アメリカで製造されている特許出願されているX商品に注目して、その商品を販売して利益を上げようというインセンティブをもって、X商品の製造業者であるB企業に打診する。A企業からの打診を受けてB企業はまた、X商品の供給により利益を上げるというインセンティブを有することになる。A企業とB企業は、交渉に入る。その交渉は時間を要するだろう。A企業とB企業との間でその交渉の過程を経て、合意に達し、その結果として基本(主要)契約書が締結される。

 個人対個人の取引の場合には、一方の「申込み」と他方の「承諾」による合意(意思の合致)によって、契約は成立し、終了するのが通常であろう。しかし、ここで取り扱う契約書は、そのような形態から発生したものではない。企業間で行われる取引の契約は、平井宜雄(以下、すべて敬称を省略する。)の分類(6)(7)を借りれば、通常、「一時的契約」ではなく「継続的契約」(8)であり、「市場型契約」(9)ではなく「組織的契約」(10)のような契約である。そしてこのような契約について作成される基本契約書に「遂行文」規定が登場するのである。この契約書は、両当事者の長期間にわたる交渉の過程を経て成立する。そのような過程で、いわば「書式の戦い」があるだろうし、「レター・オブ・インテント(Letter of Intent)」とか、覚書(Memorandum of Understanding)とか、「秘密保持契約書(Non-Disclosure Agreement)」のような契約書が締結される場合もあるだろう。基本契約書を具体的に実施する個別契約もあるだろう。このような契約書には「遂行文」規定はない。「遂行文」規定が置かれる契約書は、たとえば「販売代理店契約書」のような表題が付された契約両当事者が有するインセンティブが定められた基本契約書にのみ現れる。

 契約両当事者が有するインセンティブが定められた契約書には、前文・リサイタルで、その契約を締結した両当事者のインセンティブが明示される。たとえばA企業は日本の有名な販売店であるとか、B企業はアメリカの有名な製造業者であるとか、と記載する。交渉の過程が記載されている場合もある。そして、その契約書の本文で、そのインセンティブに関わる第一次的債務規定(primary performance or primary obligation provisions)として、たとえば、A企業はB企業からX商品を購入し、B企業はA企業にX商品を供給する、と定める条項を置く。この条項に「遂行文」規定が現れる。契約の成立を宣言している規定と見ることができる。したがって、「遂行文」規定によって、契約書の他のすべての規定の有効性(validity)・実行性・強行性(enforceability)が明示されるのである(11)。その意味では、「遂行文」規定は、重要な、核心的な規定であるといえる。急いで付け加えなければならないが、この「遂行文」規定が契約書の成立要件となるわけではない。契約両当事者の契約の成立を第一次的に明示し、これによって契約の有効性・実行性・強行性が推定させる機能を有しているだけである。「遂行文」規定がないと契約が有効にならないわけではない。

 「遂行文」という用語は言語学の用語である。ADAMS & CRAMERは、遂行文という用語を、イギリスの著名な分析学者であったJ.L. Austin(1911-1960)の遂行的発話(performative utterance)に依ったという(12)。言語学では、「その文を発話した時点でその行為が完遂された」文を「遂行文(performative sentences)」といい、その「動詞を遂行動詞」という(13)

 ADAMS & CRAMERは、両当事者の交渉を経て合意された契約の第一次的債務が定められた規定が、契約書の署名と同時に遂行され、契約の成立を明示する点を捉えて、この言語学の用語である「遂行文」の用語を借りて「performative」と表現する(14)(15)。言語学でいう遂行文は現在形動詞で表現される。ここにいう「遂行文」規定も、現在形動詞で表現され、現在形動詞で翻訳することになる。したがって「遂行文」規定には、「shall」は使用しない。

 「遂行文」の規定は、契約書の準拠法が日本の法律(大陸法系)となっているか、アメリカのいずれかの州の法律(英米法系)となっているか、で異なる現れ方をする。契約書の準拠法が英米法系となっている契約書では、「遂行文」規定が英米法特有の約因理論と関わりをもつことによる(16)

 英米法の約因理論(Consideration)というのは、ここで検討する契約書に置き替えて考えてみると、契約書が成立し、有効性(validity)・実行性・強行性(enforceability)を有するためには、その契約を締結する時点で、契約両当事者が相互に法的不利益(legal detriment)を負う将来の合意による交換取引(bargained-for exchange)となっており、その結果として相互に法的利益(legal benefit)を得ていなければならないとされる理論である(17)(18)

 準拠法がアメリカの州の法律となっている契約書では、約因、すなわち「交換取引における不利益(a bargained-for detriment)」が表現されている規定が「遂行文」規定となる。その場合、相互に法的不利益(legal detriment)がある旨の記載があれば、契約書両当事者は約因を与えていると推定される。相互の法的利益(legal benefit)は約因の成立要件ではない。相互に法的利益を得ているという事実は、約因が存在することの強力な証拠となるにすぎない(19)

 「約因」という言葉は、英米法の下で教育を受けていない者には理解するのが難しいといわれることがある。英米契約法関係の書物を読んでいて「X gave no consideration to Y for its promise」のような文に出合うことがある。その場合「XはYに対してその約束で約因(=交換取引における不利益)を与えていなかった」のように英文解釈すると分かるのではないだろうか。2企業間の取引の結果として発生する契約書において、実際に、約因理論が働く場面はそれほど多くないだろう。平井宜雄がいう継続的契約や組織的契約において、裁判所で、約因の存在が問題となる場合があるとすれば、それは契約の準備段階での契約当事者の「拘束力のある契約関係を創出する意思の欠缺」が問題となる場合であろう。そのような場合に、約因の不存在と判示されるときは、契約の不成立に帰結することになるだろう(20)

 英米法系の法律を準拠法として約因理論に基づき作成されている契約書では、「遂行文」の規定のほかに、前文の最後に、約因リサイタル(Consideration Recitals)(21)の文言が置かれる場合がある。

 この約因リサイタルの記載については、必要ないとの意見もある。ESPENSCHIEDは、「the parties agree as follows(両当事者は、以下のとおり合意する)」と記載するだけで十分であり、約因リサイタルは余分(superfluous)であるという(22)。杉浦保友によれば、「イギリスでは今は古めかしいとして使われていない(23)」という。

 約因リサイタルの文言を、American Bar Associationから出版されている「Model Joint Venture Agreement」(ジョイントベンチャーモデル契約書)(24)から拾ってみる。(2-1)に引用する。その「遂行文」規定も、(3-1)に引用する。(3-1)の「遂行文」規定は、相互に合意のある法的不利益のみの内容となっている。

(2-1)NOW, THEREFORE, in consideration of the premises and mutual promises contained in this Agreement (the mutuality, adequacy and sufficiency of which are hereby acknowledged), the parties agree as follows:
(2-2)したがって、前文及び本契約書に定める相互の誓約を約因として(その双務性、相当性及び十分性が確認されるので)、両当事者は、以下のとおり、合意する。

(3-1)Article 2 Establishment of the Company 2.1 Establishment of the Company ……… (e) Waiver of Rights. Each Member hereby expressly waives, on behalf of itself and its successors and assigns, any and all rights to dissolve, terminate or liquidate, or to petition a court for the partition, dissolution, termination or liquidation of the Company, except as provided in this Agreement.
(3-2)第2条 本会社の設立 2.1 本会社の設立 ……… (e) 権利の放棄 各メンバーは、本契約書に定める場合を除き、自己のため並びに自己の承継人及び譲受人のために、本会社の解散、終了若しくは清算を行い、又は本会社の分割、解散、終了若しくは清算を裁判所に申請する一切の権利を明示的に放棄する。

 約因理論は英米法特有の理論である。日本の法律のような大陸法系の法律を準拠法とする契約書には、前文の最後に置く約因リサイタルの文言は必要ない。今回の「債権法」改正で新たに規定された民法第522条2項(25)は、(4-1)のように、何らの形式を具備することを要しないと規定する。大陸法に基づいて規定されている「UNIDORIT PRINCIPLES OF INTERNATIONAL COMMERCIAL CONTRACTS 2016」(「ユニドロワ」)の第1.2条も、(5-1)のように、何らの形式も要求されないと定めている。

(4-1)民法第522条2項 契約の成立には、法令に特別がある場合を除き、署名の作成その他の方式を具備することを要しない。
(4-2)Civil Code Article 522 (2) Unless otherwise provided for in laws and regulations, it is not required to satisfy any formalities such as preparation of a written document in order to form a contract. (「日本法令外国語訳データシステム」からの訳による)

(5-1)Article 1.2 (No form required) Nothing in these Principles requires a contract, statement or any other act to be made in or evidenced by a particular form. It may be proved by any means, including witnesses.
(5-2)第 1.2条 (方式の自由) 本原則は,契約,言明,その他のいかなる行為も,またはその証明も,特定の方式でされることを要求するものではない.契約は,証人を含むいかなる方法によっても証明することができる. (『UNIDROIT国際商事契約原則2010』(商事法務、2013)の訳による)

 「遂行文」規定の機能は、大陸法(日本法)に基づくか、英米法に基づくかによって異ならない。「遂行文」規定によって、第一次的債務規定(primary performance or primary obligation provisions)として、契約書の有効性・実行性・執行性を明示するという機能は、大陸法(日本法)を準拠法とする契約書と英米法を準拠法とする契約書の両方に同じように働く。

 ESPENSCHIEDは、この規定を「present action」と命名している(26)が、ADAMS & CRAMERの命名に従うことにした。

引用文献

(6) ^ 平井宜雄『債権各論I上 契約総論』(平成22年 弘文堂)56-68頁(以下「平井債各」)

(7) ^ 平井宜雄「いわゆる継続的契約に関する一考察―「『市場と組織』の法理論の観点から」(『平井宜雄著作集III 民法学雑纂』(有斐閣、平成23年)所収、387-412頁)

(8) ^ 平井債各61頁 [76] は、「一時的契約・継続的契約」を次のように定義する。
「組織的契約・・・を除いた継続的契約とは、一定期間または不定の期間中に契約当事者が継続して履行義務を負う旨の合意(すなわち、当事者の意思によってその趣旨の義務が発生している)が認められる契約を言い・・・1回の履行によってただちに履行義務が消滅する趣旨の契約を一時的契約と言うべきことになる。」

(9) ^ 平井債各64頁 [78] は、「市場型契約」を次のように定義する。
「市場型契約とは、取引の対象である財・・・が、市場から(安価に)入手または調達できる場合におけるその取引(その法的形態は契約)を言う」

(10) ^ 平井債各64頁 [78] は、「組織型契約」を次のように定義する。
「組織型契約とは、取引の対象である財を市場から入手または調達することが困難または著しく高価につく場合におけるその取引(契約)を言う」

(11) ^ Cynthia M. Adams & Peter K. Cramer, A Practical Guide to Drafting Contracts (Second Edition), Wolters Kluwer, 2020, p.178(以下「ADAMS & CRAMER」)

(12) ^ ADAMS &CRAMER, p.178

(13) ^ 安井稔編『新言語学辞典』(研究社、昭和46年)【locutionary act(表現的行為)】の項目(255頁)参照

(14) ^ ADAMS & CRAMER, p.178

(15) ^ ADAMS, 「language of performance」[3.13]-[3.14]

(16) ^ ADAMS & CRAMER, p.178

(17) ^ Brian A. Blum, Contracts, 8th ed., Wolters Kluwer, 2021, pp.172ff, esp. pp. 175 -183(以下「BLUM」)

(18) ^ 樋口範雄『アメリカ契約法[第2版]』(弘文堂、平成20年)「第5章 約因と約束的反言」82 -103頁

(19) ^ BLUM, p.178

(20) ^ BLUM, p.185

(21) ^ LENNE EIDSON ESPENSCHIED, CONTRACT DRAFTING Powerful Prose in Transactional Practice Third Edition, American Bar Association, 2019, p.171 (以下「ESPENSCHIED」)

(22) ^ ESPENSCHIED, p. 171, p. 391

(23) ^ 杉浦保友『イギリス法律英語の基礎-コモン・ローから英文レター、契約ドラフティングまで-』(LexisNexis 平成21年)152頁

(24) ^ Model Joint Venture Agreement with Commentary, American Bar Association, 2006

(25) ^ 筒井健夫・松村秀樹編著『一問一答 民法(債権関係)改正』(商事法務、2020)216頁

(26) ^ ESPENSCHIED, p. 101, p. 146 (Note11)

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