契約書翻訳の規定の解釈 ―「shall」を中心に―(第5回)

注)説明のために本文で引用する契約書の条項または法律の条文は、枠で囲んで、たとえば(13-1)というように通し番号を付け、これを引用するとき、前回までは、単に(13-1)のように引用してきましたが、今回からは、例文(13-1)のように、その番号の前に、「例文」という語を付けて引用することにしました。これが慣例のようにおもえたからです。(13-1)、(13-2)の13の後の1、2の番号は、1が原文で2がその翻訳文であることは、前回までと同様です。つまり、(13-1)は原文で、その翻訳文が(13-2)ということです。2人以上の人の翻訳文を記載する必要があるときは、(13-3)、(13-4)などとなります。

②「裁量権」規定

「裁量権」規定とは、その規定の内容・目的を行使しまたは行使しない自由を契約書当事者の裁量にまかせている規定である。一方の当事者だけにまかせているばあいもあり、両当事者に同時にまかせているばあいもある。契約書のある規定が、いわゆる「契約書翻訳の解釈」によって、「裁量権」規定であると性質決定されるときは、この「裁量権」規定の「性質決定語」は、「may」を使用する。

「裁量権」規定で使用される「may」は、「裁量権を有する(has discretion to)」という意味を有する。義務や権利の「性質決定語」である「shall」や「be entitled to」と同様に、契約書において、「may」を「裁量権」規定以外には使用せず、契約書全体にわたり一貫して、「may」という語を「裁量権」規定のみに使用する。これによって、契約書解釈の混乱を回避することができる(1)。契約書で「may」を「裁量権を有する(has discretion to)」の意味に使用することについては、契約書ドラフティングに関連する書物をあらわしている論者たちが主張している(2) (3) (4)

「裁量権」規定は、下記の例文(13-1)のように、日本語では、通常、「できる」と表現される。「権利」規定でも、下記例文(14-1)のように、「できる」と表現される場合がある。その点で、「裁量権」規定と「権利」規定とは紛らわしい。

「権利」規定の場合は、その規定の内容・目的に対して義務が生じる。一方の当事者が「権利」を有すると規定することによって、それに対応する他方の当事者が負う「義務」が暗示されている。これに対し、「裁量権」規定は、その規定の主語となっている契約書当事者が自己の裁量でその規定の内容・目的を行使することも、または行使しないことも自由である。相手方当事者が負う義務が暗示されているわけではない。一方当事者のみの裁量権が規定されているにすぎない。もっとも、裁量権を行使することができるとされた契約書当事者がこれを行使したときは、行使された相手方当事者が行使されたことに対して対応するあらたな義務が生じるが、これは別の問題である。

(13-1) 売主が買主に引き渡した対象商品の一部に欠陥又は仕様との不適合があるときは、売主は、自己の裁量で、当該欠陥商品を欠陥のない商品と取り替え、又は売買代金のその部分に見合う金額を買主に返還することができる。
(13-2) If any portion of the Product delivered by the Seller to the Buyer is defective or is not in conformity with the Specifications, then the Seller may, at its sole discretion, replace that defective Product with a non-defective Product or refund the portion of the purchase price applicable to that defective Product to the Buyer.

(14-1) 売主が買主に引き渡した対象商品の一部に欠陥又は仕様との不適合があるときは、買主は、売主に対し、当該欠陥商品を欠陥のない商品と取り替え、又は売買代金のその部分に見合う金額を請求することができる。
(14-2) If any portion of the Product delivered by the Seller to the Buyer is defective or is not in conformity with the Specifications, then the Buyer is entitled to request the Seller to replace that defective Product with a non-defective Product, or to refund the portion of the purchase price applicable to that defective Product.

上記例文(13-1)は「裁量権」規定であり、例文(14-1)は「権利」規定である。例文(13-1)のばあい、対象商品の欠陥または不適合がその一部のときは、売主は自己の裁量で、当該対象商品を取り替えるか、または代金の返還を行うか、のいずれかを行うことができる「裁量権」規定である。これに対し、例文(14-1)のばあいには、対象商品の一部に欠陥または不適合があるとき、買主は売主に対して、その取替えまたは代金の返還を請求する「権利」規定である。この「権利」規定は、下記例文(15-1)のように、売主がその取替えまたは代金の返還の義務を負うという「義務」の規定を暗示している。「裁量権」規定には、その規定によって暗示される規定はない。

(15-1) 売主が買主に引き渡した対象商品に欠陥又は仕様との不適合があるときは、売主は、買主に対し、当該欠陥商品を欠陥のない商品と取り替え、又は売買代金のその部分に見合う金額を返還する義務を負う。
(15-2) If any portion of the Product delivered by the Seller to the Buyer is defective or is not in conformity with the Specifications, then the Seller shall be liable to replace that defective Product with a non-defective Product or to refund the portion of the purchase price applicable to that defective Product to the Buyer.

「may」を「裁量権」規定の「性質決定語」とする目的は、翻訳された英文の内容が「may」を使用されていることによって「裁量権」規定であることをその契約書の名宛人(契約書の読み手)に、または紛争が生じたときは裁判官に、この規定が「裁量権」規定であることをあきらかにすることにある。この目的のために、契約書において、「may」を「裁量権」規定のみに使用し、「裁量権を有する(has discretion to)」という意味のみに使用する。

しかしながら、「may」という語(法動詞)は、さまざまな意味で使用されている。「as the case may be」のように熟語として使用されるばあいは措くとして、契約書の場面でよく出てくるのは、下記例文(16-1)で使用されている「may」のように、「可能性(possibility)」の意味で使用されるばあいである。

上述したように、「may」を「裁量権を有する(has discretion to)」という意味以外に使用しないためには、翻訳に際して、この「可能性(possibility)の意味で使用される「may」に対処する必要があるだろう。方法は、2つ考えられる。1つは、例文(17-1)のように、「条件」の規定に替えることによって、曖昧な「may」を排除する方法である(5)。他に1つは、例文(18-1)のように、「may」を「might」に替えることによって、「裁量権を有する」意味ではなく、「可能性」の意味であることを明確にする方法である。英文法学者は、「may」と「might」は日常的に区別なく使用され(6)、「may」と「might」の違いはその可能性の確率のわずかな差(may:50%、might:30%)にすぎないという(7)。契約書で「可能性(possibility)」を意味する「may」を使用したいときは、「might」を使用し、「may」を「裁量権を有する」という意味のみに使用する(8) (9)。この第2の方法が優れているようにおもわれる。

(16-1) Party A may provide Party B with confidential information.
(16-2) 甲は、乙に対し、秘密情報を提供することができる。

(17-1) If Party A provides Party B with confidential information, then….
(17-2) 甲が乙に秘密情報を提供した場合には、・・・・・・・

(18-1) Party A might provide Party B with confidential information.
(18-2) 甲は、乙に対し、秘密情報を提供することがある。

上記のほか、「may」には、制定法で、許可(permission)を表わす重要な意味がある(10)。制定法の条文で、「may」は、この意味で使用される。しかしながら、契約書の条項ではこの意味で使用される場面はない。

制定法(statute)は規範を表わす。立法者・国民の行動の規範(行為規範)や裁判官が裁判を行う上での規範(裁判規範)を表わす(11)。この規範を表現するために、「may」は、「Imperative shall(命令のshall)」とともに、規範を表現するために使用されている。「使用されていた」というほうが正確だろう。

法規範は「当為」を内容とする。その名宛人である立法者・国民・裁判官に対して命令し、義務を課し、禁止し、または許可する。それが強制(mandatory)されるばあいもあり、その任意(directory)の裁量に任されているばあいもある。このようなばあいに、「Imperative shall(命令のshall)」や「may」が使用されていた。

本稿の目的は、企業間の国際英文契約書の翻訳を対象とするものであり、本稿で取り扱っているのは「契約書」であるが、ここで、視点を引いて、制定法の条文で使用される許可(permission)を表わす「may(is permitted to)」に焦点を合わせることによって、契約書の条項で使用される「may(has discretion to)」との違いを明らかにし、契約書では「may」が「許可する(is permitted to)」の意味で使用されることはないこと、すなわち、契約書では、mayは「裁量権を有する(is discretion to)」のみで使用することができることを明らかにしようとおもう。このためには、制定法の条文で使用される「may」とともに使用されてきた、正確に言えば、「may」がその一部として担ってきた「Imperative shall(命令のshall)」を考えてみなければならない。

下記例文(19-1)、例文(20-1)、例文(20-2)で使用されている「shall」が「Imperative shall(命令のshall)」である。

例文(19-1)はアメリカ憲法第14修正第1節(Amendment XIV Section 1)の条文である。この条文は、例文(20-1)の第5修正(Amendment V)とともに、契約自由の原則の根拠とされている。イギリス法では契約自由の原則が慣習法上の権利とされているのに対して、アメリカでは契約自由の原則が憲法上の権利に高められているという理論的根拠となっている条文である(12)。日本にも、契約自由の原則を憲法13条の幸福追求権に求める魅力ある理論(13) (14)があるが、契約当事者となることが多い企業に憲法上の幸福追求権(15)が認められうるのかという反対意見(憲法論上少数説)があるようであり(16)、例文(20-2)には、例文(19-1)や例文(20-1)と、表現上、類似する表現の日本国憲法第31条を挙げた。

 (19-1) All persons born or naturalized in the United States, and subject to the jurisdiction thereof, are citizens of the United States and of the State wherein they reside.  No States shall make or enforce any law which shall abridge the privileges or immunities of citizens of the United States; nor shall any State deprive any person of life, liberty, or property, without due process of law; nor deny to any person within the jurisdiction the equal protection of the laws.
(19-2) 合衆国内で誕生しまたは合衆国に帰化し、合衆国の権限に服する者は、合衆国の市民であり、かつその居住する州の市民である。州は、合衆国の市民の特権または免除を制約する法律を制定または実施してはならない;州は、何ぴとからも、法の適正な過程によらずに、その生命、自由または財産を奪ってはならない;また州は、その権限内にある者から法の平等な保護を奪ってはならない。

(以下、特に明示しないかぎり、アメリカ合衆国憲法の日本語訳は、田中英夫「BASIC英米法辞典」(東京大学出版社、1993年)による)

(20-1) No person shall be held to answer for a capital, or otherwise infamous crime, unless on a presentment or indictment of a Grand Jury, except in cases arising in the land or naval forces, or in the Militia, when in actual service in time of War or public danger; nor shall any person be subject for the same offence to be twice put in jeopardy of life or limb; nor shall be compelled in any criminal case to be a witness against himself, nor be deprived of life, liberty, or property, without due process of law; nor shall private property be taken for public use, without just compensation.
(20-2) 何ぴとも、大陪審による告発または正式起訴によるのでなければ、死刑を科しうる罪その他破廉恥罪につき公訴を提起されることはない;ただし、陸海軍または戦時もしくは公共の危険にさいして現に軍務に服している民兵において発生した事件については、この限りではない。何ぴとも、同一の犯罪について重ねて生命または身体の危険にさらされることはない;何ぴとも、刑事事件において自己に不利な証人となることを強制されることはなく、また法の適正な過程によらずに、生命、自由または財産を奪われることはない;何ぴとも、正当な補償なしに、私有財産を公共の用のために収用されることはない。

(21-1) 何人も、法律の定める手続によらなければ、その生命若しくは自由を奪はれ、又はその他の刑罰を科せられない。
(21-2) No person shall be deprived of life or liberty, nor shall any other criminal penalty be imposed, except according to procedure established by law.

「Imperative shall(命令のshall)」は、伝統的なイギリス英語の「shall」の用法に由来する(17)。伝統的なイギリス英語では、第1人称の「shall」、すなわち第1人称の主語とともに使用される「shall」は第1人称の単純未来の行動を表わし、第2人称・第3人称の「shall」、すなわち「shall」が第2人称・第3人称の主語とともに使用されるときは、発話者、すなわちその言葉を発した人のその文の主語(第2人称・第3人称)に対する、volition/ determination(意志・決意)、promise(約束)、permission(許可)、requirement(要求)、obligation(義務)を伝える文となる。「Imperative shall」は、この伝統的なイギリス英語の用法の第2人称・第3人称の「shall」に由来する。

Fowler’s English Usageの「shall and will」の項目(18)の記述によりながら、American Heritage Dictionaryの「shall」の項目「USAGE NOTE」(19)(この辞書の「USAGE NOTE」 はウエブスター第三版の「ain’t」の記述をめぐって一般に注目されることになった(20))に要を得た説明が付けられているのでこれを参考にし、Webster(21)も参照して、以下、イギリス英語の伝統的な用法の「shall」と「Imperative shall(命令のshall)」を考えてみよう。

周防(SUO)と広司(KOJI)と民代(TAMIYO)が、SANDRICHという名のアメリカ人の前で、ダンスについて、伝統的なイギリス英語の「shall」を使いながら英語で話している場面である。KOJI(発話者)が「I shall dance」といえば、「私が踊ります」という発話者=KOJI(1人称)の未来の行動を表現していることになる。TAMIYO(発話者)がKOJIに対して「Shall we dance?」といえば、「(わたしたちは)踊りましょうか」という発話者であるTAMIYOと相手方であるKOJIはともに「わたしたち」(第1人称)であるから、TAMIYOとKOJI(ともに第1人称)の未来の行動を表現していることになる。SUO(発話者)がKOJIに対して、「You shall dance」と言えば、主語のyouは第2人称であり、このばあいに、第2人称のshallの用法がはたらく。すなわち、発話者であるSUOの「shall」の主語であるyou(=KOJI)に対する意志・決意・約束・許可・要求・義務の意味をもった命令となる。場面・語調によって、「あなたに踊ってほしい」とか、「踊ってもよい」とか「踊らなければならない」などの意味になる。SUO(発話者)がTAMIYOに対して、KOJIを指して「He shall dance」と言えば、第2人称の「shall」と同様に、発話者(SUO)の「shall」の主語である第3人称(KOJI)に対する発話者(SUO)の上記のような命令となる。これが、伝統的なイギリス英語の「shall」の用法である。

このような「shall」の第2人称・第3人称の用法が、「聖書」や「制定法の条文」で使用されると、「Imperative shall(命令のshall)」となるのである。

聖書で使用されると、発話者は「イエスキリスト」(第1人称)が人々(第2人称・第3人称)に対して、例えば、「You shall dance」(「汝、踊るべし」)あるいは「No person shall dance」「いかなる者も踊ってはならない」などの命令(command)や訓戒(exhortation)で使用されるとき、この「shall」は、「Imperative shall(命令のshall)」となる。

同様に、「shall」が制定法の条文で、例えば、「A person shall dance」あるいは「No person shall dance」と規定されるとき、発話者である制定法権力(第1人称)からの、名宛人である立法者・国民・裁判官(第3人称)の「当為」を内容とする規範となり、「何人も踊らなければならない(義務)」とか「何人も踊ってはならない(禁止)」を表わす命令・禁止規範になる。これが、制定法の条文で、聖書の訓戒と同様、「Imperative shall(命令のshall)」として作用する。

上記例文(19-1)や(20-1)で使用されている「Imperative shall(命令のshall)」は、制定法権力による「州(立法者)」・「国民」・「裁判官」に対する命令・禁止規範を表現している。そこで使用されている「shall」は、契約書で使用される「shall」とは、規定表現の構造が根本的に異なる。本稿の対象である平等な企業間の国際英文契約書の条項は、契約書両当事者間のいわば横の関係を規定している。その関係は並列の関係である。これに対し、制定法の条文の規定は、縦の関係である。その関係は上下の関係である。上位者から下位者に対する命令の関係である。アメリカ合衆国憲法でいえば、憲法制定法権力(22)による州(立法者)・国民・裁判官に対する命令・禁止という上下の関係である。契約書の条項の規定は、上下の命令の関係はない。本稿が対象としている国際英文契約書には、制定法の条文に使用される「Imperative shall(命令のshall)」が使用される場面はない。

伝統的にイギリスで使用されていた「shall」は、場面・語調に応じて、volition/ determination(意志・決意)、promise(約束)、許可(permission)、requirement(要求)、obligation(義務)などの多くの意味をもっていた。「許可を表わす「may」は、この「Imperative shall(命令のshall)」のうちの「許可(permission)」の意味で使用されていた。「義務(obligation)」の意味で使用されたこともあった。そのため、shallとmayの混同が問題となった。

たとえば、Re Shuter [1860] 1 QB 142で、Fugitive Offenders Act 1881(1881年逃亡犯罪法)の第7条「a superior court, upon application by or on behalf of the fugitive…may , unless sufficient cause is shown to the contrary, order the fugitive to be discharged out of custody(控訴裁判所は、逃亡者により、又は逃亡者に代わって請求があったときは、それに反する十分な証拠がない限り、拘禁を解くことを命じることができる」の「may」の解釈が問題になった。Lord Parker CJは、「それに反する十分な証拠がない限り」という文言がある以上、控訴裁判所は拘禁を解かなければならないのであるから、ここでの「may」は「義務」の意味であると判示した(23)。「may」は義務的(obligatory/ mandatory)と解釈された。この判例は、「may」が、本来、「Imperative shall(命令のshall)」の意味の一部を表現するために使用されてきたことを示している。

「Imperative shall(命令のshall)」には、上に述べたように、場合に応じて、volition/ determination(意志・決意)、promise(約束)、permission(許可)、requirement(要求)、obligation(義務)等、多義的に使用された。「may」は、制定法の条文では、主に、permission(許可)の意味を担っていた。上記判例のように、obligation(義務)の意味にまで踏み出すこともあった(24)。Black Law Dictionaryが「may」の項目(25)で、「多くの判例で、裁判所は、立法意思を生じさせるために、may をshallまたはmustと同義と判示している」と述べているのも、また研究社「法律語辞典」が「shall」の項目で、「mayより強い意味で現在ないし未来の義務・命令を表」わす(25)、と定義しているのも、この文脈で理解できる。アメリカ合衆国憲法には、「may」が2つの条文で使用されているが、そのうちの1つの条文である下記例文(22-1)「第2編第1節第4項(ARTICLE II, SECTION 1 [4])の「may」を、ランダムハウス英和大辞典(25)が「しなければならない」と和訳しているのも、同様の文脈で理解できよう。「Imperative shall(命令のshall)」は、このように「may」との意味との混同による曖昧性も原因の一つとなり、厳しい非難にさらされることになる。

(22-1) The Congress may determine the Time of chusing the Electors, and Day on which they shall give their Votes; which Day shall be the same throughout the United States.
(22-2) 議会は[正副]大統領の選出日程を決定しなければならない。......
(ランダムハウス英和辞典1592頁からの日本語訳)
(22-3) 連邦議会は、選挙人選任の時および日を定めることができる;投票日は、合衆国全体を通じて同じ日でなければならない。
(田中英夫・編集代表『BASIC英米辞典』東京大学出版会、1993年223頁からの日本語訳)
(22-4) 連邦議会は、選挙人を選任する時期を定めること、および、投票人が投票する日を定めることができる。投票日は、合衆国を通じて同じ日でなければならない。
(飛田茂雄著『アメリカ合衆国憲法を英文で読む 国民の権利はどう守られてきたか』中公新書、1998年、106頁からの日本語訳)

上記のように、制定法の条文で使用されてきた「Imperative shall(命令のshall)」は、厳しい批判を受けることになる。Black’s Law Dictionaryは、「shall」が多義的に使用されているとして、「may」、「will」、「should」、「be entitled to」との混同を指摘し、「may」との混同については、「No person shall」は「No person may」が正しい表現だという(28) (29)

このような「Imperative shall(命令のshall)」の多義的な使用に対する批判は、その根拠となっているイギリス英語の伝統的な「shall」がイギリスにおいても使用されなくなっている(30) (31)という事実、イギリス以外の英語圏において、たとえばアメリカでは、「shall」が「Shall we dance?」のような意見や同意を求める「lighthearted(陽気な)」質問(32)とか、「People shall overcome」のフレーズのように人々の脳裏に残っているようなものは現在も使用されているけれども、「shall」の「pretentious(気取った)」あるいは「haughty(高慢な)」響きのために日常会話ではほとんど使用されていない(33)という事実も手伝って、「Imperative shall(命令のshall)」を制定法の条文で使用すべきではないという方向に向かわせることになった。この動きは、1970年代に始まった銀行や保険会社の約款等の消費者関連文書にplain English(Plain Language)の使用を要求する世界規模の消費者運動とそれに伴う制定法の平易化の動き(34)と連動して、1980年代にオーストラリアで、「Imperative shall(命令のshall)」を「must」に置き替える動きとなって顕在化することとなった。

「shall」を「must」に替える動きは、オーストラリアの州で始まった(35)。使用の場面または発話者の語調に応じて、volition/ determination(意志・決意)、promise(約束)、permission(許可)、requirement(要求)、obligation(義務)などの多くの意味に変化する、いわば「カメレオン的な言葉(a CHAMELEON-HUED WORD)である「Imperative shall(命令のshall)」は、つかみどころのないいいかげんな(slippery)言葉であり、制定法の起草に使用するときは、いいかげんな起草(slipshod drafting)(36)となると主張された。これが、「Imperative shall(命令のshall)」が有する「義務」の意味を「must」で表現し、「許可」の意味を「may」に独占させる動きとなって顕在化する。

この動きは、燎原の火のごとく英米法域諸国に燃えひろがり、例えば、2007年、US Federal Rules of Civil Procedure(連邦民事訴訟法規則)は、1つの「shall」を残し、「must」に書き換えられた(37)。この修正作業を担当した責任者、Joseph Kimbleは、「shall」を「may」に修正しなければならなかった箇所が20あったと述べている(38)。南アメリカ(39)では、憲法制定にあたり、起草段階で使用されていた「shall」がすべて「must」に書き換えられた(40)。しかも、「shall」を「must」に置きかえる動きは、制定法の規定にとどまらず、契約書の条項にも及ぶことになるが(41) (42)、そのことに関しては、「shallとmust」の項で検討することにしているので、ここでは、深入りしない。

ここで注意しなければならないことは、制定法の条文で使用される「shall」に置きかえられた「義務」を表わす「must」や「許可」を表わす「may」は、契約書の条項で使用される義務を表わす「shall」や裁量権を表わす「may」とは、根本的に異なるものであるという点である。制定法の条文で使用される「must」や「may」は、すでに述べた「Imperative shall(命令のshall)」の性質を引き継ぐものである。それは制定法権力による命令・禁止あるいは許可の規範を表わすものであって、制定者と名宛人(立法者・国民・裁判官)との縦の関係・上下の関係である。本稿が対象としている国際英文契約書で使用される「義務」規定の性質決定語としての「義務」を表わす「shall」および「裁量権」規定の裁量権を表わす性質決定語の「may」は、平等な契約両当事者間の「義務(has a duty to)」および「裁量権(has discretion to)」を表わしている。ここでの契約書の関係は、一方契約当事者と他方契約当事者との横・並列の関係から生じるものである。その意味で、両者は、根本的に異なるのである。したがって、許可(permission)を表わす「may(is permitted to)」は、契約書の条項に使用されることはなく、契約書において、「may」は「裁量権を有する(has discretion to)」の意味に、一貫して、使用することができる。

以上のように、契約書で使用されることがある「可能性(possibility)」を表わす「may」は「might」に替えることにより、また法律文で使用されることがある「許可(permission)」を表わす「may」は、前述のとおり、契約書で使用される場面はないのであるから、契約書で、一貫して、「may」を「裁量権を有する(has discretion to)」の意味に使用することができる。

最後に、「may」について、法律の条文と契約書の規定との関係について、英文契約書翻訳の具体的な作業を通して考えてみよう。

A米国企業とB日本企業の「業務委託契約書」の翻訳を委託されたとしよう。その契約書はA米国企業(以下「甲」という)がある製品の製造をB日本企業(以下「乙」という)に委託することに関するものであったとしよう。依頼された日本語契約書原本に、「危険負担」と題して下記の例文(23-1)の規定を置いている。この契約書の準拠法は、日本の法律となっている。これを英語に翻訳するとしよう。

(23-1) 第XX条 乙が甲に本製品を引き渡した場合において、その引渡しがあった時以後にその本製品が当事者双方の責めに帰することができない事由によって滅失し、又は損傷したときは、甲は、その滅失又は損傷を理由として、履行の追完の請求、代金の減額の請求、損害賠償の請求及び契約の解除をすることができない。この場合において、甲は、報酬の支払を拒むことができない。

上記例文(23-1)は、日本民法567条がその起草にあたって参照されたことは、例文(23-1)と例文(24-1)を比べてみると明らかである。民法の規定は、「日本法令外国データベースシステム」で翻訳されている。翻訳済みの英文を使用するかどうかは、翻訳者の自由であるが、今、これを使用するとしよう。

(24-1) 民法567条
売主が買主に目的物(売買の目的として特定したものに限る。以下この条において同じ。)を引き渡した場合において、その引渡しがあった時以後にその目的物が当事者双方の責めに帰することができない事由によって滅失し、又は損傷したときは、買主は、その滅失又は損傷を理由として、履行の追完の請求、代金の減額の請求、損害賠償の請求及び契約の解除をすることができない。この場合において、買主は、代金の支払を拒むことができない。
(24-2) Article 567
If the seller delivers the subject matter (limited to one that has been ascertained as the subject matter of the sale; hereinafter the same applies in this Article) to the buyer, and the subject matter is lost or damaged after the time of the delivery due to any grounds not attributable to either party, the buyer may not demand cure of the non-conformity of performance, demand a reduction of the price, claim compensation for loss or damage, or cancel the contract, on the ground of the loss or damage. In such a case, the buyer may not refuse to pay the price.

契約書にCut &Pasteすることはよく行われることである。そのこと自体は非難される行為ではないだろう(43)。ただ、盲目的なCut & Pasteあるいは機械的置きかえ(Mechanical substitution)は危険である。上記例文(24-1)の民法567条の「売主」は業務委託契約書の「乙」に、「買主」は「甲」に、「目的物」は「本製品」に代えなければならないことは当然であるが、さらに重要なことは、これまで述べてきたように、法律の条文と契約書の条項では、その規定の性質、したがってその表わす意味が根本的に異なるのである。

ここで、本稿のテーマである「契約書翻訳の解釈」の問題となるのである。すなわち、依頼された契約書の例文(23-1)が、いかなる性質の規定であるかを決定する作業が大切となるのである。

例文(23-1)の規定は、「契約書翻訳の解釈」によれば、「権利」規定と解釈できよう。契約書当事者「甲」が契約当事者「乙」に対して、履行の追完の請求、代金の減額の請求、損害賠償の請求及び契約の解除をする権利を有しないのであり、かつ代金の支払を拒む権利を有しない。その反面として、契約当事者「乙」は、履行の追完の請求、代金の減額の請求、損害賠償の請求及び契約の解除に関して義務を負わないのであり、かつ代金支払の拒否を承諾する義務を負わないのである。例文(23-1)は、「権利」規定である。

このように契約書翻訳の解釈によって該当の規定が「権利」規定と性質決定されるときは、その「性質決定語」である「be entitled to」を使用する。「日本法令外国データベースシステム」の翻訳の例文(24-2)で使用されている「may not」の「may」は、上記に述べてきたように、「許可(permission)」を表わす制定法の条文で使用される「may」である。つまり、その否定語の「may not(is not permitted to)」が使用されているのである。したがって、契約書において使用する場面ではない。契約書では、例文(23-1)の翻訳文は、「権利」規定として、下記例文(23-2)のように、「権利を有しない(is not entitled to)」として翻訳しなければならない。

(23-2) 第XX条
If Party B delivers Products to Party A, and the Products are lost or damaged on and after the time of the delivery due to grounds not attributable to either party, then Party A is not entitled to demand cure of the non-conformity of performance, demand a reduction of the price, claim compensation for loss or damage, or cancel this Agreement, on the ground of the loss or damage. In such case, Party A is not entitled to refuse to pay Party A remuneration.

「裁量権」規定の主語は、「権利・義務」規定と同様に、契約当事者である。「裁量権」も契約上の権利である。契約書当事者以外の者が、契約上の裁量権を有することはない。「裁量権」規定の主語は、契約書当事者でなければならない。
「裁量権」規定の「性質決定語」は、「may」を使用する。英文翻訳文の文体は、例文(24)のようになる。

(24) 「S(主語=契約書当事者)+may+V(主動詞)」

「契約書翻訳の解釈」において、対象日本語原文が「裁量権」規定と性質決定されたときは、契約書当事者を主語とし、能動態で表現する。「性質決定語」に「may」を使用して英文に翻訳する。

引用文献

(1) ^ Cynthia M. Adams & Peter K. Cramer, A Practical Guide to Drafting Contracts (Second Edition), Wolters Kluwer, 2020, pp. 83 -84(以下「ADAMS & CRAMER」)

(2) ^ LENNE EIDSON ESPENSCHIED, CONTRACT DRAFTING Powerful Prose in Transactional Practice, Third Edition, American Bar Association, 2019, p. 100(以下「ESPENSCHIED」)

(3) ^ Kenneth A. Adams, A Manual of Style for Contract Drafting, FOURTH EDITION, American Bar Association, 2017, [3-187](以下「K. ADAMS (Manual)」)

(4) ^ BRYAN A. GARNER, GARNER’S DICTIONARY OF LEGAL USAGE, Third Edition, Oxford, 2011, p.954 (以下「GARNER (Legal Usage)」)

(5) ^ K. ADAMS (Manual). [3-208]

(6) ^ Fowler’s English Usage (Revised Third Edition by R. W. Burchfield), Oxford, 2004, pp. 483-4

(7) ^ Michael Swan, Practical English Usage, Oxford, Third Edition, 2009, p.316

(8) ^ ESPENSCHIED, p. 100.

(9) ^ K. ADAMS (Manual), [3-209]

(10) ^ GARNER (Legal Usage), p. 954

(11) ^ 団藤重光『法学の基礎(第2版)』有斐閣、2007、41-56頁

(12) ^ Brian A. Blum, Contracts, Eight Edition, Wolters Kluwer, 2021, pp. 9-10

(13) ^ 山本敬三『民法講義Ⅰ』有斐閣、2001年、90頁以下、特に、97頁。

(14) ^ 潮見佳男『不法行為法(第2版)I』信山社、2009、26—30頁。

(15) ^ 佐藤幸治『憲法(第三版)』青林書院、平成7年、424-7頁。佐藤幸治「法における新しい人間像-憲法学の領域からの管見―」(『岩波講座 基本法学 1-人』岩波書店、1983年、325-365頁、所収)。

(16) ^ 中田裕康『契約法』有斐閣、2017年、54 -55頁。

(17) ^ Michele M Asprey, PLAIN LANGUAGE FOR LAWYERS, Fourth Edition, The Federation Press, 2010, p.206(以下「ASPREY」)

(18) ^ Fowler’s English Usage (Revised Third Edition by R. W. Burchfield), Oxford, 2004, pp. 706-7 (以下「Fowler’s English Usage」)

(19) ^ AMERICAN HERITAGE Dictionary of the English Language, FIFITH EDITION, Houghton Mifflin Harcourt, 2011, p. 1609 (以下「American Heritage Dictionary」)

(20) ^ 加島祥造『英語の辞書の話』講談社、昭和51年、84—5頁

(21) ^ Webster’s Third New International Dictionary OF THE ENGLISH LANGUAGE, G. & C. MERRIAM CO., 1976. pp. 2083-4

(22) ^ 樋口陽一『比較憲法(全訂第三版)』青林書院、1992年、339頁以下。阿部・池田・初宿・戸松編『憲法(1)[第3版]』有斐閣、1995年、12-16頁。

(23) ^ Elmer Doonan & Charles Foster, Drafting, Cavendish Publishing Limited, 2001, p. 182

(24) ^ ASPREY, p. 217

(25) ^ Brayan A. Garner, Black’s Law Dictionary, Eight Edition, West, p.1000

(26) ^ 小林貞夫編著『英米法律語辞典』研究社、2011年、1022頁

(27) ^ SHOGKUKAN RANDOM HOUSE ENGLISH JAPANESE DICTIONARY〈パーソナル版〉Edited by SHOGAKUKAN In Close Cooperation with RANDOM HUOSE、昭和54年、小学館、1592頁

(28) ^ Brayan A. Garner, Black’s Law Dictionary, Eight Edition, West, p.1409. GARNER (Legal Usage), p.954

(29) ^ Bryan A. Garner, LEGAL WRITING IN PLAIN ENGLISH, Harvard University Press, 2001, p. 105(以下「GARNER (Plain English)」)

(30) ^ Fowler’s English Usage, p. 706

(31) ^ ASPREY, p. 206

(32) ^ GARNER (Plain English), p. 105

(33) ^ American Heritage Dictionary, p. 1609

(34) ^ 「Plain Language Movement」については、以下参照。Michele M Asprey, PLAIN LANGUAGE FOR LAWYERS, 4th edition, 2011, The Federation Press: Chapter 4 Plain language around the world (pp. 64-89). Peter M. Tiersma, Legal Language, The University of Chicago Press, 1999: CHAPTER THIRTEEN Plain English (pp 221-230), APPENDIX E Original Citibank Promissory Note (pp.257-259), APPENDIX F Revised Citibank Promissory Note (pp. 261 -2). The Oxford Handbook of LANGUAGE AND LAW edited by PETER TIERSMA and LAWRENCE M. SOLAN, OXFORD UNIVERSITY PRESS, 2012: CHAPTER 5 THE PLAIN LANGUAGE MOVEMENT (by MARK ADLER)

(35) ^ Peter M. Tiersma, Legal Language, The University of Chicago Press, 1999, p.214

(36) ^ GARNER (Legal Usage), p.952

(37) ^ ASPREY, pp. 78-79, p. 207

(38) ^ ASPREY, p. 215

(39) ^ 五十嵐清(鈴木賢・曽野裕夫補訂)『比較法ハンドブック[第3版]勁草書房、2019年、214頁によれば、南アフリカは「混合法系」とされている。

(40) ^ ASPREY, pp. 207-8

(41) ^ ASPREY, p. 210

(42) ^ GARNER (Plain English), p. 105.

(43) ^ ADAMS & CRAMER, pp. 1-7

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